HM STING 05 21st, 2010
SETYOUFREEのツアーで訪れていた旧友に会うため、久しぶりにライヴハウスへ。若者で溢れていた会場の中、仕事帰りのノーネクタイ、ブレザー姿で人目も憚らず大声で再会を喜んでいる私はこの場ではある種の異端だったのかもしれない。恐らく“敏腕プロデューサー”とでも映ったのだろう。ライヴ終了後、地元FM局の関係者がインチキ臭い業界用語で私に深々と挨拶をした。ぁ、すみません、私はただの釣り好きです―― (笑)
既に時計の針は真夜中を指してはいたが、少し時間が取れたため一杯交えて千葉代表と話をした。コンセプトが十数年間まるで揺るがない氏の話が何だかとても貴重に思えたのもまた、悪戯に過ぎ去った時間の仕業なのだろうか――
「感じた生き方に採算は度返し」 世間での認知度や知名度は“インディーの登竜門”と言った印象があるこのプロモーション。それでも昔と一切変わらぬ面持ちで平然と氏が魅せるこの“採算度返し”には、偽りなど感じさせる節もない。ブランドでもディヴィジョンでもなく、人間のそのものを指すこと意味していた。それでも嘆きがあるとすれば―― と氏は語る。
「人と同じことにコンプレックスを抱かない」 先の通り、登竜門的な解釈で集まる若いバンドも否めないと言う。しかしそんな勘違い甚だしい輩は結局、誰かと同じことに全く気付くこともないと嘆いていた。音楽の持つ意味とそれを選択した意義。そもそもを忘れたのは、売れるため?その先の人生設計のため?ごく個人的で傲慢極まりないがそれでもどうしようもない、そんな想いの内を伝えるためだろうが――
私自身も半分以上思い出しながらではあるが、そんな強い感情の在り方と氏の言う採算度返しの意味を改めて考えさせられた。魂の在り方―― 自主盤の尊さを知り、自主企画の力を知り、インディーズのあるべき魂の在り方を知る。だからこそ氏は採算など気にも留めない。それは凄いこと。半端ではない労力を要すること。
当たり前のことも出来ない癖に、誰かに頼ることでそれを合理的と称する器用な生き方。それがステップアップに繋がる、スマートな生き方。果たしてそれは本物の正解なのだろうか。本当の成功なのだろうか―― 変わらぬ氏が突きつけた現状に、改めて個性と自主性を重んじさせられた。問われるのはやはり自主性であり、他の誰にもない個性そのもの。技術や技量だけのバンドには褒める言葉が見つからない―― 氏は併せて語っていた。
チョロリと出せば、コロリと落ちる。あの人が最後に言った言葉です――
画像は今年の水性キンチョールのCM。次なる展開が読めそうで読めず、かつ想像は大きく膨らませる。あの人って一体誰なのだろうかと(笑)、ぶれない魂が込められています。
HM STING 05 14th, 2010
今日この日こそ、私は絶命を覚悟したことはなかった。
音もなくピタリと背後に迫り来る恐怖を感じてから数秒後、読経の如く中耳に響いた言葉の羅列に私は震撼した。キ〇ガイだ―― 全国屈指のキ〇ガイ遭遇率を誇るキ〇ガイ研究家である私は、背後から迫り来るその並々ならぬ脅威に今度のが相当なる者だとということを即座に感じ取った。
昼下がりの頃。嫌だと懸命に顔を横に振る私を会社は悪戯に煽った。障害者自立施設への訪問―― この手の類を話の種とすれば、それは人道に大きく反することを意味する。誰しもが好きでそう成ったのではないのだからと、非難は集中して私に向けられることは間違いのないこと。勿論、私自身も同じくその様に思うが、そもそも好んで彼等の世界に足を踏み入れる程の度胸は持していない。いや、むしろ恐い。話しても分からない、それが一番恐い。しかも攻撃は最大の防御という格言を実行し身の安全を確保したところでも、それは社会的弱者に対する大きな重罪となる。有罪も有罪だ。だから嫌だった。高い遭遇率を誇る私が故に、足を踏み入れることに大きな躊躇があった。しかし会社は悪戯にその訪問を私に命じた。
音もなく背後から忍び寄り、耳元へと早口で伝わって来たただならぬ異常な発音。震撼した鼓膜が私の中枢へとその言葉の意味を伝えるが、それは恐怖を伝える他に意味を成さなかった。
「ひらがなカタカナ?カタカナひらがな?ひらがな?カタカナ?あぁ゛ーひらがなカタカナ?」
ひらがな、カタカナ。意味深過ぎるその解読不明なメッセージに緊張が走る。振り返ることがこれほどまでに恐ろしいということも、滅多にはないであろう。鳥肌、逆毛、筋肉は強張り、次第に震えが全身を覆う。音もなくピタリと忍び寄った脅威を背後に、振り返ることも出来ない私。最後の選択は覚悟―― それ以外に何も見出せないことを悟らせた。今日この日こそ、私は絶命を覚悟したことはなかった。
覚悟の私がその先のまだ見ぬ最高峰へと振り返ると同時に、正常なる発音が施設内に大きく響いた。
純サン!それは、ひらがな――
寸での所で施設職員の一言により、背後を征していた脅威は取り除かれた。純サンは目を細め、未だカタカナとひらがなの違いに苦しんでいる表情を浮ばせながら、獲物(対象)を私から鼠色の動かないロッカーに変えた。
危機の遠ざかった私はまだ寒い春の風に襟を立て直したが、冷たい風を何処か暖かくも感じていた。施設内の出来事であったから、少しばかりこの話をするには躊躇があった。しかし純サンが私を狙うのには、少しもそれはなかったと思う。ひらがな、カタカナ。今にしても尚、一体何に頭を抱えていたかは私には分からない。
純サン、オッカネェェ・・・ (笑)
HM STING 05 12th, 2010
四月の第一週、早過ぎる夏日が訪れた。高く昇った日差しは気温を上昇させて、眩しいほどに水面を照らす。半袖で心地良いことを言い訳に、“反則的”な早春の釣行が私を誘った。水田に水を入れる前の透き通った用水路で今季のファーストフィッシュを釣り上げる。半袖で心地良いことを言い訳にして、釣り上げた魚を自慢すると案の定、叱咤とも意味する皮肉が飛んで来た。
まるで環7プラザだね―― 仰る通りの適切な皮肉に、改めて罪なる反則的な早春を私は感じた(笑)
例年になく早いシーズンインを迎え、やる気の見える今季の私だったが、そのやる気は例年以上に可笑しな方向へと舵を切っていた。限られた季節限定でとても短いシーズンを強いられるこの釣りが故に、一回の釣行は大変貴重なものになるのだが、今季に定めた大きな目標のために雑念や釣り欲を限りなく削ぎ落とすこと。切られた舵は釣り場よりかけ離れたと思わせる、図書館から始まっていた。
郷土史から史跡を辿り、まだ知らぬ釣り場を特定する―― それは地図の閲覧ではなく膨大な文献を捲ること。当然、頭の痛い作業になるのだが、これがどうして中々面白い。郷土史より選定したキーワードを基にほぼ観光という名の釣りに出掛けてみると、知識が導いた確かな歴史と事実が今も多く現存していた。
2010年。今季の私は図書館と観光とを繰り返す、竿を振らない“釣行”が続いている。私は今、誰よりも水面から遠い所に位置しているのかもしれないが、もしかしたら誰よりも魚には近付いているのかもしれない――
とりあえず郷土史には、何処ぞの大学教授バリに詳しくなってきました。
(笑)
HM STING 05 5th, 2010
「人間もアレでしょう。過度のストレスでほら、白髪になったりするでしょう。」
言葉の意味を何度も追いかけていた文十郎だったが、真意を理解するには至らなかった。車の反対側に移動して指差し説明してみるが、それでも首を傾げた文十郎に私はついに声を荒げた――
長い車検期間を終えてようやく戻って来たポンコツ、いや愛車。Blisterと称される、その洗練されたフォルムは相変わらずに健在で、見る者を深い世界に引きずり込む魅力に溢れている。立ち寄ったコンビニエンス・ストアでその様に再度見惚れていること5分足らず。整備工場へ逆戻りという顛末が私たちを襲った。
悪戯な強風で開いたドアを言い訳に文十郎と名乗る年配の男が頭を下げたが、予想以上に大きく付いた傷に私は修繕を要求せざるを得なかった。元来、小傷や凹み、色飛びの目立つポンコツが故に、小さな傷であれば誠意だけで十分だった。しかし、文十郎曰く「悪戯な強風」の悪戯はもはや物損の域にあった。
何だか逆に申し訳ない気もするのだけれども―― と、低調に修繕の話を切り出した私に文十郎は誠意を見せた。
「いや、大変申し訳ない。修繕費の方は当然持たせて頂きます。」 再度、傷を確認しながら文十郎は続けた。
「でもこれくらいだったら、保険ではなく個人的に支払いましょうかの。どのくらい、掛かりますかの」 私の顔を窺いながらではあったが、若干の安堵を浮かべた顔を文十郎は見せていた。
「そうですね、全塗装になると」
「全塗装?!」 私の発言に間を置くことなく文十郎は聞き直した。
「人間もアレでしょ。過度のストレスでほら、白髪になったりするでしょ。」
「・・・・」
「車も同じですよ。全塗装だから」 平然と言い放つ私を青褪めた顔で直視し首を傾げた文十郎に、ついに声を荒げた。
全塗装――
叱咤され、全塗装を要求された文十郎の顔にはもはや涙が滲んでいた。何処となく“足利事件の菅谷さん”を彷彿させた文十郎ではあったが、これは冤罪ではない。有罪だ。全塗装なのだよと、私は文十郎の肩に腕を回した。
(笑)